名曲はアンプを選ぶ

20数台使い分け、とことん求める音楽の道◇中村数一

 日本産経新聞 昭和50年5月23日

 


  ●音楽文献読みふける

 

レコードというものは、生演奏とは違うもので、電気的な細工によって、それらしい音を出しているに過ぎない。だからどんな機器を使ったところで、生演奏に近づくわけでもない。しかし、出来るだけよい状態で、聴きたいと思うのが人情。オーケストラ、声楽、ピアノ、弦楽器ではそれぞれスピーカーもアンプもピックアップも適当なものに替えた方がよいことも確かだ。私はそのように曲によって機器を替えるというレコードの楽しみ方につかれ、それが高じてついに音楽喫茶を開くまでになった。

 私がクラシック音楽に病みつきとなったのは、十五、六歳の時。友人宅で聴いたワインガルトナーの指揮するベートーベンの「第九」がきっかけである。SPを取っ替え引っ替えして聴いて感激した。それからはレコードを持っている友人の所へ出かけて行ったり名曲喫茶をめぐり歩いたりした。

 そんな私だったが、二十二、三歳の時、ぷっつりとクラシックを聴くのをやめたことがある。父が禁止したのだ。

 「聴くのはいつでもできる。それよりも今は音楽に関する本を読め」

 私はまだ家電メーカーに就職したてのころで、初任給が七千五百円だった。そのころはLP一枚二千八百円。もったいなくはあったが、手持ちのものを全部売っ払って音楽文献を買い込み読みふけった。そのうち音楽の本ばかり読んでいても音楽はわからないと気づき、心理学も社会学もさらにはキリスト教観もと手を広げていった。

 宗教書をあさり、バイブルを読むうちにキリスト教観の美しい世界にひかれた。そして行きついたのが宗教音楽。陶酔の世界だった。宗教音楽の中にこそ本当の音楽があるのではないかと思った。それに比べたら、それまで親しんでいた器楽などの音楽はまやかしではないか。

 こうして宗教音楽のレコードを集め出したので、ミサ、モテットなどがどんどん増えていった。

 

●三分の一は宗教音楽

 

 私は伝送機器の仕事を続けてきたが、音楽が好きだったから、趣味でアンプを組み立てたりして楽しんでいた。

 昨年たまたま場所があった機会に、音楽好きの友人たちが集まれる場所が欲しいと私をそそのかした。「君はレコードは十分あるのだし、名曲喫茶でも出したら」というのである。で、最初のうちは仲間うちだけで楽しんでいたが昨年暮れに、思いがけず本当に店を出してしまった。

 レコードの九〇%ぐらいは廃盤になっているだろう。三分の一は宗教音楽が占めている。バッハのカンタータは百枚ぐらいあろう。これからもひと通り集めるつもりだ。近代、現代ものは驚くほど少ない。ストラビンスキーなどは持っていたものをどんどん整理してしまったからで、現在もそれは進行中である。

 私が使っているのは真空管アンプ。業務用真空管アンプの特性は音が痩()せてしまわないことだ。昔はトランジスタなどなく、例えば十ワットの真空管アンプで三百平方メートルのホールで鳴らさねばならなかった。そのホールの中で、舞台近くと遠くとで音力が変わってしまってはいけない。そこで業務用バルブは音を遠くまで飛ばすように作られている。

 「マスター、お宅はスピーカーの前は静かなのに、遠くだとうるさいんだね」と言うお客さんもいるが、その原因は業務用バルブを使っているためである。

 オルガン音楽でもかけてみればその威力はすぐわかる。八ワットのアンプでも店全体がびびってしまうが、トランジスタだったら二百ワットのアンプでもとてもこうはいかない。

 

●ボックスも曲に合わせて

 

戦前の球(真空管)にはそれぞれお国ぶりがあったものだ。英国の球はとろんと鳴る、米国の球はしっかりしているといった具合。昔は計測器が不備だったので、人間の耳が頼りだったから、球にもお国ぶりが表れたのだ。計測器が精巧になった今日の球にはそれがない。機械の発達によって、人間性が不在になってしまっているのだ。

 それはともあれ、そういうアンプが二十数台ある。店内に四種類のスピーカーを常備し、アンプ、コントロールアンプも五種類ずつ常に切り替えられるようセットしてある。用意してあるピックアップは二十個くらい。曲に合わせて適当に組み合わせて使うようにしている。

 クラシックのレコードは、電気的装置を使うポピュラーの場合に比べて、録音状態が一定でなく、十種類あればそれぞれ違っているので、断定的なことは言いにくいのだが、誤解を恐れず言えば─。

 カンタータなどの肉声は質的に軟らかなアンプを、バイオリンなど弦楽器の場合、音がしまらなくてはならないので、音質の硬めのアンプを使うようにしている。

 スピーカーは単体だけでなく、箱全体を鳴らすものだから、ボックスも重要である。例えば、声楽、弦楽器では箱の薄いものを使うし、ピアノ、チェンバロ、打楽器などは厚いものを使う。弦、声楽はよく鳴る必要があるし、打楽器の場合、箱が薄いと音がだらけてしまって聴くに耐えないからだ。

 

●文化の空白な国を憂える

 

 こうして、できる限り楽曲にふさわしい音で聴けるよう努力はするが、私は決して音キチなのではない。あくまでも音楽を聴くためだけである。

 だから、中にはこの曲はこのピックアップを使えとか言うお客さんもいるが、音楽に対する注文を受け付けても、音響については一切、口出しお断りにしている。

 そんな人には「ウチの店には合わないから」と来店拒否。ほかにも次のようなお客はご遠慮願っている。店内をあちこちぶらつく人、近代曲しかリクエストしない人、おしゃべりする人(店内では私語禁止となっている)

 私は日本人には、しょせんクラシックはわからないのでは、という悲観的な見方をしている。わが国とは全く風土、宗教観の相違した西洋で生まれた音楽の真の意味を理解することは至難の業なのではないか。われわれはその背後にいろいろな意味を背負っている音楽を単に外面的に音感としてのみとらえてしまいがちだからである。

 それにつけてもレコードのはんらんぶりはどうだろう。これは文化の空白な国の特徴のように思われる。評論家といわれる人たちが、わかったようなことを言ってあおっているのも腹立たしい。私は特にリクエストがない時には十七世紀ドイツの作曲家ハインリヒ・シュッツの「十字架上の七つのことば」をかけている。自由帳というノートを店内に置いて、お客さんに自由に書いてもらっているが、「こんなにもきれいな曲があるとは知らなかった」という人も多い。いいものは人に言われなくてもわかるのだ。

 こんなふうだから商売にならないが、家内には同じ趣味でも競輪か何かに入れ込んでいるよりはましだと思ってがまんしてくれ、と言ってある。(なかむら・かずいち=電気技術者)

 

(日本産経新聞 昭和50[1975]523()朝刊 文化欄 24ページ)


●音楽之友社 レコード芸術No.5 (1975年)  レコード考現学 文:富永荘彦 写真:堀田正実

●音楽之友社 レコード芸術2000年5月号[通巻No.596]  音のある風景 272ページ

 

真剣に音楽と向き合うことのできる“クラシック音楽鑑賞店

 


 クラシック・レコードを聴かせてくれる“音楽喫茶が中央線沿線を中心に根強く残っていることを知ったのは、平成元年に上京してほどないころのことだった。以来、一週間に一度はいずれかの音楽喫茶を訪ね、コーヒー一杯で数時間を過ごし、その文化の香りを味わっている。

 コンサート・ホールのような柔らかい響きを目指す店、怪しい雰囲気でいまどきの高校生が喜々としてたむろする店…。一口に“音楽喫茶と言っても、その個性の違いははなはだ大きい。そのなかで吉祥寺の“バロック”は、音楽との対峙を聴き手に求める店として異彩を放っている。所蔵するレコードは店名通りバロック音楽が中心で、ロマン派はせいぜいブラームスあたりまで、再生装置の音質も、輪郭の明確な“気骨のある音がする。レコード演奏中のおしゃべりは厳禁。自分がリクエストしたレコードがかかっている間は何もせずに音楽に集中してほしいという。称して「クラシック音楽鑑賞店」

 昭和五十年に開業。平成三年にマスターが亡くなってからは、その奥様が続けてこられた。ただファン気質の移り変わり、装置のメンテナンス問題などから、奥様は昨年末、いったん閉店を決意。しかし「真剣に音楽と向き合う」ことのできる店がほかにないことを知り、この三月から営業を再開された。

 音楽を外面からではなく、内面にしっかり受け止めて聴くことを訴える“バロック。時流に迎合しない、一貫したその主張は重い。

  

音楽之友社 レコード芸術2000年5月号[通巻No.596]  音のある風景 272ページ


●産経新聞 平成20年[2008年]1月25日(金) 朝刊 17ページより抜粋)

 

喫茶で本格クラシック 名機が奏でる最高の音「私語禁止」店も

 


 近年のクラシック音楽人気で、名曲喫茶が見直され始めた。高級音響機器を備え、家庭では出せない大音量でレコードを楽しめる。中には私語禁止の店も。周囲にわずらわされることなく、世紀を超えて変わらぬ名演奏にどっぷり浸るのは、最高のぜいたくだ。(八潮朋昌)

 

 東京・吉祥寺のビル2階にある「バロック」。扉を開けるとコーヒーの香りと、コンサートホール並みの大音響に包まれる。28ある客席正面には大型スピーカーが2セット。世界的名機のタンノイとヴァイタボックス。「曲に応じて使い分けています」と2代目店主の中村幸子さんは説明する。

 

 LP版はバロック期を中心に約6000枚、SP版は「数えきれない」がSPコンサートは休止中。店内は私語禁止で、客は目を閉じて音楽に没頭したり、読書をしたり。

 

 伝説の真空管アンプ製作者“といわれる夫、数一さんが昭和49年末に開業したが、平成3年に病没。借地問題などもあって、一時は閉店した。だが「数一さんが遺(のこ)したアンプは店内だけでも5台。毎日通電しないとダメになるので、作業していると熱心な常連さんが来るのでコーヒーを出す…結局3カ月で再開。それでも毎週火、水曜は休みます」

 

 コーヒーは香り高く、1杯目は800円だが、追加は4分の1の200円。精算後の再入店は半額。何時間いてもいい。「食事外出はOK。だから11時間いた人もいます」

 

 40代男性は「何年かぶりに来てバッハのカンタータをリクエストしたとき、『わが友はわがもの』『われは汝のもの』…という魂とイエスの二重唱の清らかさに胸が震えた。音楽も店も変わらないのが安らぐ」。別の40代男性は「週1、2回来る。どの曲も最高の音で聴けるのがいい」と話す。「クラシック音楽には高い精神性がある。それをぜひ味わってください」と中村さん。

  

(産経新聞 平成20[2008]125() 朝刊 17ページより抜粋)


●朝日新聞社 男の隠れ家12月号増刊 遺しておきたい「古典喫茶」2009年12月25日発行 94ページ

  

真の音楽ファンに捧げる─。

私語厳禁“のサンクチュアリ

 


 「バロック」は、今ではすっかり珍しくなった私語厳禁の名曲喫茶だ。自分のリクエストした曲が流れている間は、読書や書き物もしてはいけない。ただひたすらに、音楽に向き合うことを求められる。

 こちらのルールは、筋金入りの頑固親父で知られる前オーナー・中村数一さんの音楽鑑賞の流儀に倣ったものだ。自身に影響を与えた音楽好きの両親や、趣味の真空管アンプ作りの仲間から勧められて、吉祥寺に名曲喫茶・バロックを開いたのは昭和49年のこと。名曲喫茶ブームも一段落した頃だった。商売っ気のない彼はマナーの悪い客に注意して、ケンカになることもたびたびだったという。

 「おかげで日本一厳しい店といわれたものです。そんなだから、本人もストレスが多くて、53歳の若さで亡くなっちゃったんですよね」

 と中村数一さんの妻で現オーナーの中村幸子さんは話す。18年前にはご主人が亡くなったとき、一度は店をたたもうと思った彼女だが、常連客に「音響システムが健在のうちはやめないでほしい」と頼み込まれて、今に至っている。

 

迫力の音楽に浸る至福のひととき

 

 実際、バロックの音響システムは、秀逸である。レコードをかけると、ご主人が手作りした真空管アンプが独特の柔らかい音を醸す。それが曲調によって使い分けているスピーカー「ヴァイタボックス」、あるいは「タンノイ」に伝わり、店全体を包み込む。

 「私語厳禁って偏屈なルールだと思われるかもしれませんが、音楽に真剣に耳を傾けてみると、しゃべっている声が耳障りに感じるもの。読書や書き物だって、コンサートホールではしないでしょ。ここでは、このルールのおかげで音楽だけに没頭する時間を愉しめる。そう言ってくださる常連さんが多いんですよ」(幸子さん)

 日本一厳しいといわれたこの店は、真の音楽ファンにとっては、どこよりも優しい店なのだ。

 

朝日新聞社 男の隠れ家12月号増刊 遺しておきたい「古典喫茶」

 

20091225日発行 94ページ